「たけくらべ」朗読
東大本郷での日本文学全集出版記念の講演会 http://t.co/iyMRoaxTfL に行った。川上未映子さん人気なのか男性はもちろん女性も半々ぐらいで大学生から結構なご老人(後に割と厄介)まで、、、面白い空間でした。 1部の川上さんの「たけくらべ」秘話と朗読は素晴らしかった。「たけくらべ」の朗読、特に喧嘩における会話場面の息遣いはさすが女優さんw聴いている人を惹きつける感情の躍動があった。ポーランドの研究者の方も言っていたように陽気な子供たちと厳しい現実(遊郭)を描く「たけくらべ」の構造は現代も何も変わっていない。シングルマザー。下層とエリート。
いろいろな時空が同時に描かれる、池澤さんはそれを映画的だと言う。引きと寄せを自在に使い熟すことによって、まるでその場所に読者自身が立って眺めているような演出をする。その臨場感は「三四郎」「青年」には無い。わずか15年しか隔ていないのに、こんなにも文体が異なることもまた面白い。川上さんは文体について語る。文体とは細かい一人称の区別や句読点の位置や数などではなく始まりから終わりまでその全体のリズム明暗コンポジションなのである。全体を読みきった時に感じるそのリズムこそが作家の文体であり「たけくらべ」の冒頭と終末の明暗の異なりこそが樋口一葉の文体なのである。
一部の興奮冷めやらぬまま池澤さんの落ち着いたトーンで二部は始まる。「たけくらべ」は文体は古語でありながら、印象は超モダンであり、映画的なアングルを(アンナ・カレーニナと同様に)先取りしていること。三四郎と青年については、三四郎は熊本から上京する田舎者の憧れを描いた都会小説。自然主義的私小説とある種のドラマティックさの狭間で書かれた森鴎外「青年」はいかにもドイツの教養小説的な側面を持っていて、これも「三四郎」同様に国民文学でありながらエリートに向けられた小説である。自然主義的私小説が日本で流行ってしまうこと、これがこの後の議論の一つの軸になっていく。次に紅野謙介さん。専門家には出来ない明治文学を樋口一葉夏目漱石森鴎外で見通すという大胆さ。「たけくらべ」で描かれる遊郭と下層の子供達の躍動と絶望的な社会と、それから15年後の「三四郎」「青年」で描かれるエリートの人生論。これらが混ざり合う時代としての明治。川上未映子さんの朗読から小説における「声」「語り」の重要性。また「たけくらべ」冒頭の「廻れば」が繰り返し使われること。「廻れば」「見返り」のように振り返り廻るというイメーシが多用されていること。そしてこの縁語的な言い回しは外国語には訳せない日本語独自のリズムを生みだしていること。ポーランドの樋口一葉研究者によれば、異国において翻訳された状態でも「たけくらべ」の美しさは伝わるが、やはり縁語的な要素や日本の古代文学あるいは「遊郭」に対する予備知識のは抜け落ちてしまう。また「たけくらべ」には陽気な子供と逃れられない社会という悲劇的な対立が見出せる。義理と人情に顕著な悲劇的な対立構造が「たけくらべ」にも見出せる。ポーランド語への翻訳によって失われたものは日本語の韻であり、救われたものはそれでもなお国境越えて樋口一葉の文の美しさは伝わるということである。とポーランドの名前は忘れたけど、けっこう若手の女性が緊張しながらスピーチ。川上未映子さんは明治の近さ遠さについて、現代と地続きの近い印象を受ける。昭和初期にすでに「明治は遠くになりにけり」と言われた明治であっても、「たけくらべ」の遊郭や子供たちのストリート感と「三四郎」「青年」のエリート社会の二分化は現代のジェンダー観や格差の問題に直結するという。最下層とエリートという本質的には明治と何にも変わらない構造に、もっと変わってもよかったと、川上さんため息。ただ簡単には変わらないからこそ本質的な日本の問題なのかもしれない。
池澤夏樹さんは日本文学全集刊行のきっかけとして3月11日の大震災があるという。東北そしてこの島々が集まる列島に住む、われわれとは何者なのか。われわれにとってわれわれとは何者なのか。それを知るために「古事記」に始まる日本文学全集を編纂する。淡々と話しているがかなりの意気込みである。社会学者の大澤真幸さんは世界史の哲学を書くきっかけを人生が有限であることを実感し始めたからだと言っていた。限りある人生の中でこれだけは仕上げなければならないという焦りが生まれたという。僕は池澤さんの中にもそのように完成させなければならないという焦り(信念)があるのだと勝手に推測。
スピーチが一巡したところで、池澤さんが議論を展開させる。フランス生まれの自然主義文学が日本では自然主義的私小説となり、ある時期に盛んになった、その原点は正岡子規の「病牀六尺」にあるのではないか。言文一致の口語体で書かれていること、病状を赤裸々に綴る点が自然主義的私小説的であると。正岡子規の写生と写実こそ、作らないそのままを書くという自然主義的私小説の始まりではないか。近現代文学研究者の紅野さんは一般に「病牀六尺」が読まれた時期から見ると「蒲団」や「三四郎」「青年」への直接的な関係は薄いと鮮やかに応える。なぜ自然主義私小説が日本では盛んになったのか。池澤さんの発言を受けて、紅野さんは「ライフとアートは結び付かなかったのは日本には哲学が存在しなかったからだ」と応答。明治日本においての哲学とは井上哲次郎を代表格とするような講談哲学つまり西洋哲学を翻訳し習うものであって本当の意味での哲学では到底なかった。孤独な哲学者である広田先生を除けば、日本人は人生の拠り所としての哲学を持たなかったからこそ自然主義的な私小説に救済を求めた。しかしそれは容易に太宰治は私の悩みを描いてくれる的な承認欲求の温床にもなってしまう。それは椹木野衣さんの日本の悪い場所性にもつながると川上さん一言。
池澤さんの発言が発端となった日本における自然主義的私小説の流行に関する問答がこの座談の一つの軸になっていく。川上未映子さんは結局、日本人は私小説を通して自分への慰めを求めているだけなのかもしれないと嫌悪感を漏らす。告白が私小説の原点にはある。告白これが日本では「打ち明け話」。読者と作者の一種の馴れ合いになってしまう。作者と読者の距離感についても話は及ぶ。最後に池澤さんは「フィクションとは何か」について静かに語る。丸谷才一さんの文学論を引き継ぎながら語る。「フィクションは作りものだと思う。」
文学はもっと作り物だと思う。したがって自然主義的私小説には距離を保つ。古代中世においては和歌がそうであってようにフィクションとは完全なる作り物であった。しかし明星派を除けば最近は俳句すらも私小説化している。池澤さんは丸谷才一さんの文学観からモダニズムを強調する。
伝統を重視しながら近代的で都会的であるモダニズムをもう一度思い出そうと池澤さんは言う。自然主義的な流れやその私小説の流行の時代は終わりかけている。そしてモダニズムの時代が来るのではないか。フィクションは完全なる作り物である。それが創作することであり、作品化することの意味である。モダニズムは伝統を引き継ぐことから始まる。この列島の伝統、つまり「われわれとは何者なのか」を考えるために池澤夏樹さんは日本文学全集を編纂する。文学に宿っているこの島々に住まう人間性を浮かび上がらせる。全集は古代神話に学びつつ都会的で近代的であろうとするモダニズムの体現でもある。質疑応答の際、池澤夏樹さんの「やっぱり三島由紀夫は短編作家である。長編で色々なことが書かれているように見えるけれど、論理的に分けていけば、何も残らない。」という刺激的な発言。また川上未映子さんにとって今回の「たけくらべ」翻訳は究極の読書体験であったことなど。これもまた面白かった。