21世紀の映像は記憶能力を必要としない—田中功起「Grace」にみる反復とリアルタイム性について—

 21世紀における、インターネットの普及とモバイル化を通した全地球的な情報発信/受信のネットワーク化は、リアルタイム性に対する私達の欲望を常時的に駆動させている。具体的に芸術の領域においては、作家と作品の各主体性がリアルタイムという限定的な時制のうちに融解し、観客との明確な区別のし難い状況を生んでいる。映画館での受動的鑑賞が古典的な観客モデルだとすれば、それに代わる、あるいは無効化する、ポスト観客の発明は、作品と作家、観客が互いに溶け合い、同一化するリアルタイム性を前提としなければならないだろう。リアルタイム性とポスト観客の発明に関する思考の手始めとして、「観客」参加型アートと一般的に呼ばれるようになった作家と観客、美術と社会を横断する理論的枠組みから分析していきたい。

 「観客」参加型アートと言われて久しい、昨今の美術動向において、作品と観客の関係性の再編成に関する理論的枠組みが、日本国内でも、例えば『地域アート――美学/制度/日本』、『人工地獄』などの出版に象徴されるように一つの熱点となっている。遡れば、美術批評家ニコラ・ブリオーの著書『関係性の美学』(1998年)に端を発する関係性の美学、あるいはリレーショナルアートと呼ばれる理論への注目である。ブリオーの言葉を借りれば、それは「美術の理論的地平を独自性や個人的な象徴空間という主張ではなく、人間相互のインタラクションとその社会的な文脈に置くもの」(Nicolas Bourriaud,Relational Aesthetics, les presses du réel, 1998, p.14)である。言い換えれば、作品の内容や形式ではなく、1990年代後半に広範化した、作品の制作過程に観客が参与する「関係性」そのものを重視する作品群に対する分析理論である。ブリオー自身が挙げる具体的な作家名は多岐に渡るものの、広義にはその意味を「観客が「参与」する状態/過程=作品」と定義して良いだろう。

 では、「参与」する観客とはどのような主体だろうか。「関係性の美学」領域では、「参与」に関して、ParticipationEngagementのような、どちらもフランス哲学由来の二つのタームが使用される。例えば、前者はジャン・リュック・ナンシーの「パルタージュ」、後者はジャン=ポール・サルトルの「アンガージュマン」の概念へと直結している。カトリックのミサに際して、イエス・キリストの身体と血を意味するパンとワインを参加者で分け合うことで、信者同士の共同性を発生させること。つまり、ある主体の共同体への包摂を生み出す参与としての「分有」=パルタージュと、主体の政治的抵抗としての参与=アンガージュマン。二つはそれぞれ、別の観客像を想定する実作品に適応されているが、それらを束ねる中心的な思考は観客を作家-観客へと複数に断片化する主体像に求めることができるだろう。ブリオーの「関係性の美学」を批判的に継承した美術批評家クレア・ビショップがインスタレーションに「参与」する観客をfragmental(断片的な)と形容していることは示唆的である。ビショップは複数の観客=主体が、作品空間に入り込むことで行為主体となると同時に、それを眺める観察主体にもなるという、フラグメンタルな主体性を確保するインスタレーションの構造に、小規模に組織される集団による社会/政治参画の契機を見ている。ただし、ここには1968年の五月革命に象徴されるフランスの知識人の中で世代的に共有される(左翼)の急進的なイデオロギーを前提とした、社会/政治的な領域へと参与していく主体の創設という、ビショップの先見的な理想主義を垣間見ることができるだろう。したがって、それゆえに統合的な主体としての観客ではない、断片的な主体という発想は、魅力的ではあるものの、やはり理念先行型のユートピアの域をいまだ出ないことが否めない。

 おそらく、そうした断片化した主体としての観客は、最も現実的には、旧東ドイツ出身の美術批評家ボリス・グロイスが鋭く指摘するように、美術館の別の場所で立ち現れていると考えられる。グロイスは論文「イメージからイメージファイルへ、そして再生」(“From Image to Image File”, 2006)において、美術館での不動のイメージ(絵画や彫刻)を運動する鑑賞と映画館で運動するイメージを不動の観客を対比させた上で、そのどちらも成立しないモデルとして、美術館での映像作品の鑑賞を挙げている。彼によれば、「ヴィデオ・インスタレーションの美的価値は、主として、映像が潜在的にもっている不可視性を明瞭に主題化することにある」(ボリス・グロイス『アート・パワー』石田圭子他訳、現代企画室、146頁)。

 どういうことか。有限の時間的な全体性を持った映像(動くイメージ)を美術館の観客はその場に足を止め、すべて見ることはせず、中途に他の展示作品と合わせて見回るために、観客は断片的にしか映像を鑑賞することができず、その全体性は不可視のままに置かれることになるということだ。「来場者は潜在的に、同じヴィデオ作品の別の場面に遭遇する。これはつまり、見るたびごとに作品が異なっているということである。そして同時に、作品が部分的に観者の視線を逃れているということであり、また作品自体が不可視にされていると言うことなのである」(同書、147頁)。このようにグロイスは分析し、その否定的媒介によってのみ全体性を想像することの主題化こそが美術館の映像作品だけが持つ特権的な特徴であると指摘している。

 映画館での全体性を受動的に鑑賞する古典的観客モデルとグロイスの指摘する「美術館での断片化を否定的媒介として、全体の不可視性を認識する鑑賞モデル」の比較は、その間に存在する決定的な差異からだけでも新しい観客像を提起することはできるのかもしれない。つまり、映像を前にして、断片化する美術館の観客である。

 

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 美術館における映像作品の原理的な構造に対して、グロイスの指摘する「否定的媒介」とは異なる解決策を提出した映像作品が、日本人アーティスト、田中功起が21世紀の最初の年に発表した「Grace」(2001年)に代表される初期作品群である。「Grace」とは教室の床の上でバスケットボールがバウンドを繰り返すだけの映像作品であり、作家自身はあるインタビューにおいて、その制作動機を以下のように振り返っている。

「ぼくはもともと美術オタクなので、どうしても知っているものの影響を受けちゃう。どうしても似ちゃうわけです。この状況ってたぶんものづくりに関わるひとだったらだれでも経験があると思うのですが、まさに「出口なし」でした。ぼくはどこにも行けないし、なにもないし、なにもできないというふうに思っていて、とにかくもうどうしたらいいのかわからなかった。(中略)もうひとつは毎日の生活に関係することです。いま思えば贅沢な話ですがとにかく日々の生活がものすごく退屈だったのです。単調だったんですね」(http://www.tokyo-source.com/interview.php?ts=6

 「Grace」に代表されるループ作品を生み出した二つの状態、美術史の文脈的な「出口なし」状態と田中本人も口にする、宮台真司の言葉を借りるなら「終わりなき日常」的な状態は、前者は現代アーティストとしての行き詰まり、後者は90年代後半の閉塞感を言い換えた言葉のように素朴に理解できる。しかし、前述したように、筆者が本作に別の解決策、別の観客モデルの提起を見るのは、二つの動機ではなく、即物的に短い尺でのループという編集方法においてである。作品の前にほんの数秒立ち止まる、いや通りすがるだけであっても、バスケットボールのバウンドの繰り返しの速度には追いつけず、反復を目にすることに、あるいはそれ以外を目にすることはない。どんな観客も映像におけるバウンドの反復の不変性を目にすることになるのだ。

 ここで明らかとなるのはグロイスがやはり全体性の確保を前提としたモダニズム的な映像理解に依拠しており、その圏域では、「Grace」のように短い尺で反復する映像はおそらく想定されていないということだ。つまり、正確に言えば、古典的な映画館モデルも、また全体を不可視化する美術館モデルも、いずれも全体性を志向する意志の(不)可能性を観客に要請したのに対して、田中の「Grace」では、初めから全体/断片モデルを放棄し、現在性のうちに全体=断片の等式が成立してしまうために、そこで想定される観客は、断片同士を記憶し、全体性を仮構する必要のない主体、つまり記憶能力を持たない者であるということだ。

 もちろん、記憶喪失や忘却を主人公に試練として課すことは殊、映画においては伝統的な物語手法であるだろう。実際にそのような映画や映像作品は無数に存在している。例えば、代表的にクリストファー・ノーラン監督作、「Grace」の一年前、20世紀最後の年に公開された「メメント」の主人公とはまさにそのような主体であった。本作において物語を駆動させる原理は記憶の忘却に抵抗する主人公の意志にあったことが重要である(メメント=忘れることなかれ!)。常に断片化する記憶の魔力に取り憑かれていると言ってもいい主人公の持つ脅迫的ですらある意志の有無において、「Grace」とは本質的に別物であることを明示している。というのも、記憶か忘却かという二項対立の前提となる、記憶能力そのものが「Grace」の観客においては必要とされていないからだ。したがって、両者の差異とは前者が映画、後者が映像作品であるために生じる、物語性の有無といった単純なものではなく、想定される観客に対するイメージの根本的な差異なのである。

 続けて、「メメント」とは決定的に異なるような「Grace」の観客が目にするものを詳細に見るならば、バスケットボールがバウンドして元の位置に戻ってくるまでの一秒に満たない現在という時間の単位がエンドレスに反復されていくために、本来、記憶を可能にするはずの過去と未来という時制を始めから失っていることに気づく。つまり、観客は常時的にリアルタイム性のうちに置かれているのだ。例えば、その観点からすれば、タイの映像作家アピチャッポン・ウィーラーセクタンも反復ではないものの、現在性の引き伸ばしという点で、その試みは田中のループ映像とパラレルな関係にあると言えるだろう。現在性=リアルタイム性は反復するにせよ、極度に引き伸ばされるにせよ、観客の記憶能力への期待を限りなくゼロに見積もることで、作品化されるのである。現在性に埋め込まれた記憶を持たない主体、あるいは必要としない観客の誕生。これがリアルタイム性のうちに、断片と全体を連結させる記憶能力を必要としないポスト観客の発明である。

 最後に、このようなポスト観客を前にしては、今後、記憶喪失という映画/映像的な物語手法は「記憶」の現代的な意味をめぐって、根本的な再考を強いられることになるのかもしれない。

新芸術校グループB『健康な街』展

「健康な街」と題された本展は「健康」と「街」についての秀逸なステイトメントを読むことができる。が、残念ながら、実際の作品との関連を見つけることは難しい。唯一、その中でも「健康」というテーマを正面から扱った作品が下山由貴の「健康意識」である。ソーセージやパンの制作過程の映像に囲まれて、真ん中にはグルタミン酸ナトリウムという食品添加物を1日掛かりで固めた50cmほどの山が置かれている。現代における抽象的な「暴力性」の位相を「食品添加物」の容認/排除をめぐる不毛な対立構造に具現化しているようだ。問題は、非添加物的な添加物の使用にある。というのも、下山の解説に従えば、添加物における暴力構造は他なるものに添加された際に発生するのに対して、展示の添加物の山は、添加物を純粋な単体の物質として盛り固めることで、最初から暴力の契機を排除しているからである。

ただし、制作過程の映像をよく見ると、実のところ下山が添加物を固めるために卵白を無意識に使用していることがわかる。私は、その「添加」の作業の無自覚さにこそ、現代の暴力の発生源と作品化の可能性を見た。
 
下山と同様にインスタレーション性をもつ有地慈の「スーパー・プライベート」は、所沢の飛行機墜落事故の現場と霊園を中心とした彼女の生活圏を映した映像を背景に、ループ構造を持つレール上の自転車が描かれたミニ車の走行が、ある仕掛けによって、飛行機を模した十字架の落下で寸断されるという作品であり、その下には実際に霊園から運搬された石が置かれている。その名が示す通り、有地の極私的な繰り返される日常の構造と日本の悪い場所性(椹木野衣)やセカイ系新海誠)に潜在する反復と忘却の構造をきれいに二重化し提示している。しかし、反復を飛行機墜落という反復のカタストロフによって、一時的に止め、また反復が始まる、という一連の操作は皮肉にも「悪い場所」の再演になっていると言わざるをえないだろう。

むしろ、私には生活のループを生み出していた、忘却された「記念碑」=霊園の石が取り除かれ、ノンサイトとなった所沢の空間こそ、反復から逃れた空白地帯のように思えてきてならない。彼女の提示したかった忘却への抵抗は、非現場となった現場(=所沢)に求めるべきではなかったか。

 

中川翔太の「ポルターガイスト」は自室内で発生する照明の点灯やゴミ箱の転倒といった心霊的映像の中央に別の画面が挿入され、即座に種明かしされるという構造を持っている。他作品とは対照的にミニマムな印象をもつ作品である。ここで作品構造そのものの種明かしをすれば、心霊現象と種明かしの映像の操作は連結しておらず、別々の操作が加えられている。そのために厳密には「種明かし」の真意自体が種明かしを必要とするという宙吊り(=種のない種明かし)状態にあると言えるだろう。中央の映像によって「種明かし」された現象だけが、種を事後的に仮構し得ること。これが中川の言う、映像の持つフィクション性なのかもしれない。もちろん、これはポストトゥルースにも通じる時代感性である。


小林真行の「テンポラリ_ファイル」は、蛍光灯の人工的な白光の元、塩やバクテリア、酸素などの自然物によって、人工物である写真表面のイメージが剥離していく過程を示した作品である。かつての現在=過去を記録した写真がその時制の根拠である被写体のイメージを失うことで脱臼された現前性を、小林の言葉を借りれば、超越的な「宇宙の外側の観察者」へと提出するという。写真という一つの「メディウム」への徹底した思考は本展の中では随一と言えるだろうし、フィルムや自然物の多用と脱人間的な視点の想定は現代の唯物論との共鳴を思わせなくはない。
ただ、これは前述の下山、有地にも共通する問題として、作品がインスタレーションではなく、イラストレーション、つまり文字どおり、図示的なものに終始していることは否めない。抽象的なコンセプトを分かりやすい機能を持った諸要素に落とし込んだところといった印象である。したがって、例えば、下山の読み上げ「音声」、有地のレール上に張り巡らされた「壁紙」、小林の「鏡面」上の写真(フランシス・ベーコン)などのコンセプトの余剰の方に個人的には注目したい。

 

長谷川祐輔のデザイン画と絵画が混生した作品群「誰が見て誰が聞くのか」は、一見すれば雑多な試みのようでもあるが、渋谷パルコでの一連の「絶命展」にも共通する「服の終わり」=死の形をテーマとしている。私は以前「絶・絶命展」のモデルとの会話の中で、以下のようなコメントをした。
「生を一旦「殺す」ことが重要ってことですね。生を殺し、死に。そして、そこからの「蘇生」。何となくリセット的なイメージを感じるのですか、でも本当は誰も「死ねない」し「殺せない」んじゃないかって思うんです。そんなにきれいに「リセット」できるのかなって。」(2015.3.3)
長谷川の葛藤が逆説的に示すのは「服の死ななさ」でないか。服が何度でも、亡霊のように、絵画を描く長谷川の筆に乗り移ってくる執拗さ。死なない服の、歴史の亡霊たちの回帰との対話は、それが常に中途であり続けることを踏まえた上で、作家の誠実さの現れであると言えるだろう。

最後に、五十嵐五十音の「人を尊敬するための装置 」は潔癖症的健康へと邁進するマジョリティーに対する猫騙し!あるいは盛大なメメント・モリ的なボケをかました、多分に挑発的な作品である。実際のレントゲンの照明器を床に10数個つなげた巨大キャンバスに透明シートを重ねて、その上に内臓の身体と骸骨の身体を等身大に黒いインクで滲ませながら描いている。横たわる肢体は埋葬/棺桶を思わせると同時に、照明の白い発光はダン・フレイヴィンにおけるモダニズムと宗教の遭遇を、そして悲劇的な最期を迎えた化け物にも見える肢体は五十嵐が好んで読むという「ヨブ記」における悲劇的な滑稽さに繋がる。アイロニカルにも、健康志向=マジョリティの陰に葬られた、前近代的で魔術的/宗教的ないかがわしさが、かえって私たちの健康概念の浅薄な危うさを逆照射している。その意味で本作は真にホラーなのである。
 
長谷川の絵画(壁)と五十嵐の人体像(床)は共通して「死」をテーマとしながらも、身体の外側と内側という対比から、本展において唯一、キュレーション(というより素朴に配置)の妙が感じられた空間であった。言い換えれば、Aグループとの差異でもあったはずの「キュレーション」がその他に発揮されていないことは、やはり選抜制度とも相まった、作家=キュレーターという立場の難しさの現れなのかもしれない。

コンバインする演劇-チェルフィッチュ論に代えて(批評再生塾初出)

チェルフィッチュに特有の演劇手法は様々な形で評価され、形容されてきた。平田オリザの現代口語演劇をさらに偏執狂的にまで徹底したという「超現代口語演劇」はその代表であろう。時を少し前後して、村上隆が提起したスーパーフラット(=超平面)という言葉と同時代性があるのかはわからないが、モダン亡きあと、芸術家たちはとにかく過激に「超」である必要があったのかもしれない。ポストモダン演劇の突端に立つチェルフィッチュ演劇はその他に二つに形容分けすることができる。一つは初期作品に対する「キュビズム的」というものだ。それは観客側からの形容である。二つは、キュビズム演劇であることを引き受けた上で、その次なる一手として劇作家の岡田利規自身が名付けた「コンバイン・ペインティング的」演劇である。本論は、以上の二つの形容の意味の適切さと、チェルフィッチュ演劇における「コンバイン」概念の意味の更新を試みたい。

 幾度となく『三月の5日間』は「キュビズム的」と形容されてきた。それは一つに複数人の視点から同一の物語が語られるという意味では、のちに称される「移人称」の類語として考えてもいいし、映画でいえば、黒澤明羅生門」、吉田大八「桐島、部活やめるってよ」等での試行にも近い。しかし、これはキュビズムの本来的な意味からすれば、的外れな形容である。なぜなら、キュビズムには原理的に分解した外的諸要素の同一平面上における同時併置という前提が存在しているからである。つまり、上記の例は、いずれも演劇や映画という時間芸術における異時併置的な多視点の統一を指しているために、そもそもの初期条件がキュビズムとは異なっているのだ。

 それでは二つに『三月の5日間』特有の演者の言葉としぐさのズレ、あるいはダンスのようにも見える身体の諸動作はどうだろうか。こちらの方がキュビズムを思わせるところがある。実際に、初期作品や海外の観客はその身体動作にキュビズムを見出したという。しかし、そのズレの構成原理を考慮してみると、やはりキュビズムでは形容し得ない余剰を発見することになる。岡田利規自身の記述によれば、ある不定形なイメージをより抽象的には身体のしぐさで、やや限定的、具象的には言葉となって表現し、そのイメージを間接的に媒介とした言葉としぐさの抽象度の落差によって、独自のズレが生じている。あるいは批評家の佐々木敦によれば、その言葉としぐさは現実の人々の行っている、例えば、意味伝達においてはノイズになる諸動作を強調することで、本来演劇においては省略されるノイジーな人間のコミュニケーションの細部を意識化、対象化している。興味深い点は、岡田によれば、そのズレの生成において、のちに演者から観客のうちに立ち上がるものへとその位置を変えはするものの、徹底した「イメージ主義」ともいうべき意志が貫かれていることである。イメージをいかに持続させ、言葉としぐさに分節化しうるか。これはイメージの解体を企図するという基本的なキュビズムの姿勢とはむしろ逆行するような態度である。

 では『三月の5日間』がキュビズム的でないとしたら、それはどのような形容、正確には別なる芸術表現に代理表象することができるだろうか。キュビズムが海外の観客やトークゲストからの形容だったのに対して、岡田自身がその次なる一手として挙げた言葉が「コンバイン・ペインティング的」である。キュビズム同様にこれも20世紀を代表する芸術表現の一種である。よく知られるように、コンバイン・ペイティングとは戦後アメリカの美術家ロバート・ラウシェンバーグが始めた、絵画という二次元平面に日用品などを貼り付けることで、複数の異なる事物の統合(=combine)を図る作品の総称である。『遡行』によれば、コンバイン・ペインティング的な演劇を目指した最初の作品は『ゾウガメのソニックライフ』とあるが、そこで、岡田が試みようとした演劇とはどのようなものだったのだろうか。

「どうしたら、五人それぞれが、質の異なる際立ちをすることができるのか? 全員でひとつのハーモニーを、などといったことには全然顧慮しないで、各自がまるで唯我独尊とでもいったふうに、とにかくてんでんばらばらの仕方で強く存在し続ける。そしたらどんなものができるか?」(岡田利規『遡行 変形していくための演劇論』、河出書房新社、2013年、49頁)

 ここで、岡田がコンバイン・ペインティングに代理表象させているものの内実はバラバラなものがバラバラなまま同一空間に共存することを可能にする方法論である。つまり、先ほどまでの「ズレ」を諸要素の「非同期」の経験と換言するならば、非同期的な言葉としぐさもつ演者と他の演者との間の非同期的な関係性(=無関係性)の場を演出するためのラフスケッチとして、コンバイン・ペイティングを解釈しているのだ。さらには、この箇所の前後を参照する限り、当時の岡田自身は、おそらくキュビズムを演者内の非同期性を一つの身体を担保にして再構成する手法として、コンバイン・ペインティングをそのような演者同士の関係性が非同期的に再構成される空間の設定としてイメージしていたことがうかがえる。しかし、筆者の推測では、このような岡田の理解とは異なるコンバイン・ペイティング作品の持つ構造が、のちに『現在地』に顕在化するリアル/フィクションに対する態度に深く共鳴するものになっている。

 では、コンバイン・ペイテンィングとは何であったか。一つはその前史にあたる、アッサンブラージュキュビズムにおけるパピエコレのように、絵画(イメージ)を事物(リアル)化し、事物を絵画化するというメディウム同士の相互衝突のダイナミズムがある。これは歴史的な流れに沿うものである。二つは戦後アメリカ、高度消費社会において、イメージと生活の地位が逆転するシミュラークルを象徴するような、芸術と生活の過剰なコネクトがある。これは同時代的なものであり、一つ目のダダイズム的な反芸術とはむしろ正反対の動機でもある。このような時代や動機の差異はあれ、二つに共通する構図は、こう言い換えられる。コンバインとはフィクション(絵画、芸術)とリアル(事物、生活)を結びつける意であり、より正確にはフィクションをリアル化し、リアルをフィクション化することであると。ラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングの作品そのものはその相互衝突を引き起こす場所として、顕在化されることになるのだ。したがって、リアルとフィクションのコンバインという意味からすれば、岡田のいう「コンバイン・ペインティング的演劇」とはバラバラな事物の同時併置ではなく、フィクションをリアル化し、リアルをフィクション化する相互衝突の場の設定と言い換えることが可能になるはずだ。つまり、リアルとフィクションの相互衝突(=combine)の場所の意識的な構築である。

 前段落までにおいて、キュビズム-コンバイン・ペインティングをズレ=非同期性から、演劇におけるリアルとフィクションの相互衝突ないし、統合の場と読み替えた。以下では、リアルとフィクションに論点を絞って、考えたい。

まず、リアルとフィクションの連続性については、山縣太一の言葉を参照してみたい。彼はあるインタビューにおいて、演劇の舞台とはフィクション=非常事態であり、そこでは「全方向的に引っ張られる」感覚を味わうことになると言っている。ただし、この経験は日常と演劇をはっきりと区分するものではないだろう。なぜなら、そのようなことは人と交流し社会の中で生活する限りにおいても、演劇空間ほどでないにしろ、経験するからだ。具体的には、人前に出た時に、汗が出たり、挙動不審になったりすることがある。引っ張られている=他方向的な緊張関係を結ぶからこそ、人は言い淀み、躓き、反復するのだ。差異は意識化の度合いだけである。言い換えれば、山縣における言葉としぐさを含めた身体動作とはフィクション的なリアルの様相の意識化のプロセスなのである。つまり、リアルな空間で起きていることの極端な意識化によって、立ち上がる空間こそがフィクショナルな舞台空間であるのだ。地続きに存在するリアルとフィクションはいまや、本来の意味においてコンバインされる。

ただし、リアルとフィクションの関係性は山縣が舞台上で全方向的な緊張感を意識化し、身体運動化していたことにとどまらない。

3.11後『現在地』に向かう中で、舞台上ではない場所で。

 岡田は『現在地』制作中に演者である山縣とは別の緊張を感じていた。それは放射能被害をめぐる暗黙の政治性の表明に関するものである。岡田は福島原発後、放射性物質漏れの影響を恐れて、神奈川県横須賀市から熊本県熊本市への移住をしたものの、都心を危険だとして離れた身にもかかわらず、稽古のために、首都圏を訪れる中で、自身と周囲の人に間に流れる、中ば政治的な対立に緊張感と極度の疲労感を覚えたという。この3.11後の岡田が実感する放射能被害に対する態度をめぐる緊張感は、筆者には初期より一貫された徹底したイメージ主義であったことと関連しているように思える。イメージ主義の方法論を演者に委ねるにせよ、観客にフォーカスするにせよ、岡田はイメージ主義を手放すことはなかったのだから。例えば、人々はにわかにイメージしがたい放射能被害という分子レベルよりはるかにミクロな出来事を「放射能」という言葉に一旦、変換することで、不安や不信の下にある、出来事を有限化しうるという安心の基盤を獲得していたと考えられる。この事態は言い換えれば、苦労なしにイメージが言葉に1対1対応、いや従属する関係を結んでいることを意味している。イメージしがたい不定形なものを「放射能」や「事故」という言葉によって有限化する暴力である。そして当然、このような暴力とは反対に、イメージの汲み取れなさを不自由な言葉としぐさで意識化してきたのが、チェルフィッチュであり、岡田の演劇であったことは前述したとおりである。

 だからこそ、岡田は首都圏、正確には言葉に従属するイメージの磁場から距離をとったのかもしれない。もちろん、勝手な対立図式を過度に強調することは避けなければならないだろう。しかし少なくともこうは言えるだろう。フィクションとリアルの境界線を揺るがせるような存在である「放射能的なるもの」を通して、リアルとフィクションをコンバインすること、山縣の身体と放射能的なものの演劇化こそが、リアルとフィクションを統合する、コンバイン・ペインティングであるということは。

 3.11の経験を経て、上演された『現在地』とはまさにそのような作品ではなかったか。