コンバインする演劇-チェルフィッチュ論に代えて

チェルフィッチュに特有の演劇手法は様々な形で評価され、形容されてきた。平田オリザの現代口語演劇をさらに偏執狂的にまで徹底したという「超現代口語演劇」はその代表であろう。時を少し前後して、村上隆が提起したスーパーフラット(=超平面)という言葉と同時代性があるのかはわからないが、モダン亡きあと、芸術家たちはとにかく過激に「超」である必要があったのかもしれない。ポストモダン演劇の突端に立つチェルフィッチュ演劇はその他に二つに形容分けすることができる。一つは初期作品に対する「キュビズム的」というものだ。それは観客側からの形容である。二つは、キュビズム演劇であることを引き受けた上で、その次なる一手として劇作家の岡田利規自身が名付けた「コンバイン・ペインティング的」演劇である。本論は、以上の二つの形容の意味の適切さと、チェルフィッチュ演劇における「コンバイン」概念の意味の更新を試みたい。

 幾度となく『三月の5日間』は「キュビズム的」と形容されてきた。それは一つに複数人の視点から同一の物語が語られるという意味では、のちに称される「移人称」の類語として考えてもいいし、映画でいえば、黒澤明羅生門」、吉田大八「桐島、部活やめるってよ」等での試行にも近い。しかし、これはキュビズムの本来的な意味からすれば、的外れな形容である。なぜなら、キュビズムには原理的に分解した外的諸要素の同一平面上における同時併置という前提が存在しているからである。つまり、上記の例は、いずれも演劇や映画という時間芸術における異時併置的な多視点の統一を指しているために、そもそもの初期条件がキュビズムとは異なっているのだ。

 それでは二つに『三月の5日間』特有の演者の言葉としぐさのズレ、あるいはダンスのようにも見える身体の諸動作はどうだろうか。こちらの方がキュビズムを思わせるところがある。実際に、初期作品や海外の観客はその身体動作にキュビズムを見出したという。しかし、そのズレの構成原理を考慮してみると、やはりキュビズムでは形容し得ない余剰を発見することになる。岡田利規自身の記述によれば、ある不定形なイメージをより抽象的には身体のしぐさで、やや限定的、具象的には言葉となって表現し、そのイメージを間接的に媒介とした言葉としぐさの抽象度の落差によって、独自のズレが生じている。あるいは批評家の佐々木敦によれば、その言葉としぐさは現実の人々の行っている、例えば、意味伝達においてはノイズになる諸動作を強調することで、本来演劇においては省略されるノイジーな人間のコミュニケーションの細部を意識化、対象化している。興味深い点は、岡田によれば、そのズレの生成において、のちに演者から観客のうちに立ち上がるものへとその位置を変えはするものの、徹底した「イメージ主義」ともいうべき意志が貫かれていることである。イメージをいかに持続させ、言葉としぐさに分節化しうるか。これはイメージの解体を企図するという基本的なキュビズムの姿勢とはむしろ逆行するような態度である。

 では『三月の5日間』がキュビズム的でないとしたら、それはどのような形容、正確には別なる芸術表現に代理表象することができるだろうか。キュビズムが海外の観客やトークゲストからの形容だったのに対して、岡田自身がその次なる一手として挙げた言葉が「コンバイン・ペインティング的」である。キュビズム同様にこれも20世紀を代表する芸術表現の一種である。よく知られるように、コンバイン・ペイティングとは戦後アメリカの美術家ロバート・ラウシェンバーグが始めた、絵画という二次元平面に日用品などを貼り付けることで、複数の異なる事物の統合(=combine)を図る作品の総称である。『遡行』によれば、コンバイン・ペインティング的な演劇を目指した最初の作品は『ゾウガメのソニックライフ』とあるが、そこで、岡田が試みようとした演劇とはどのようなものだったのだろうか。

「どうしたら、五人それぞれが、質の異なる際立ちをすることができるのか? 全員でひとつのハーモニーを、などといったことには全然顧慮しないで、各自がまるで唯我独尊とでもいったふうに、とにかくてんでんばらばらの仕方で強く存在し続ける。そしたらどんなものができるか?」(岡田利規『遡行 変形していくための演劇論』、河出書房新社、2013年、49頁)

 ここで、岡田がコンバイン・ペインティングに代理表象させているものの内実はバラバラなものがバラバラなまま同一空間に共存することを可能にする方法論である。つまり、先ほどまでの「ズレ」を諸要素の「非同期」の経験と換言するならば、非同期的な言葉としぐさもつ演者と他の演者との間の非同期的な関係性(=無関係性)の場を演出するためのラフスケッチとして、コンバイン・ペイティングを解釈しているのだ。さらには、この箇所の前後を参照する限り、当時の岡田自身は、おそらくキュビズムを演者内の非同期性を一つの身体を担保にして再構成する手法として、コンバイン・ペインティングをそのような演者同士の関係性が非同期的に再構成される空間の設定としてイメージしていたことがうかがえる。しかし、筆者の推測では、このような岡田の理解とは異なるコンバイン・ペイティング作品の持つ構造が、のちに『現在地』に顕在化するリアル/フィクションに対する態度に深く共鳴するものになっている。

 では、コンバイン・ペイテンィングとは何であったか。一つはその前史にあたる、アッサンブラージュキュビズムにおけるパピエコレのように、絵画(イメージ)を事物(リアル)化し、事物を絵画化するというメディウム同士の相互衝突のダイナミズムがある。これは歴史的な流れに沿うものである。二つは戦後アメリカ、高度消費社会において、イメージと生活の地位が逆転するシミュラークルを象徴するような、芸術と生活の過剰なコネクトがある。これは同時代的なものであり、一つ目のダダイズム的な反芸術とはむしろ正反対の動機でもある。このような時代や動機の差異はあれ、二つに共通する構図は、こう言い換えられる。コンバインとはフィクション(絵画、芸術)とリアル(事物、生活)を結びつける意であり、より正確にはフィクションをリアル化し、リアルをフィクション化することであると。ラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングの作品そのものはその相互衝突を引き起こす場所として、顕在化されることになるのだ。したがって、リアルとフィクションのコンバインという意味からすれば、岡田のいう「コンバイン・ペインティング的演劇」とはバラバラな事物の同時併置ではなく、フィクションをリアル化し、リアルをフィクション化する相互衝突の場の設定と言い換えることが可能になるはずだ。つまり、リアルとフィクションの相互衝突(=combine)の場所の意識的な構築である。

 前段落までにおいて、キュビズム-コンバイン・ペインティングをズレ=非同期性から、演劇におけるリアルとフィクションの相互衝突ないし、統合の場と読み替えた。以下では、リアルとフィクションに論点を絞って、考えたい。

まず、リアルとフィクションの連続性については、山縣太一の言葉を参照してみたい。彼はあるインタビューにおいて、演劇の舞台とはフィクション=非常事態であり、そこでは「全方向的に引っ張られる」感覚を味わうことになると言っている。ただし、この経験は日常と演劇をはっきりと区分するものではないだろう。なぜなら、そのようなことは人と交流し社会の中で生活する限りにおいても、演劇空間ほどでないにしろ、経験するからだ。具体的には、人前に出た時に、汗が出たり、挙動不審になったりすることがある。引っ張られている=他方向的な緊張関係を結ぶからこそ、人は言い淀み、躓き、反復するのだ。差異は意識化の度合いだけである。言い換えれば、山縣における言葉としぐさを含めた身体動作とはフィクション的なリアルの様相の意識化のプロセスなのである。つまり、リアルな空間で起きていることの極端な意識化によって、立ち上がる空間こそがフィクショナルな舞台空間であるのだ。地続きに存在するリアルとフィクションはいまや、本来の意味においてコンバインされる。

ただし、リアルとフィクションの関係性は山縣が舞台上で全方向的な緊張感を意識化し、身体運動化していたことにとどまらない。

3.11後『現在地』に向かう中で、舞台上ではない場所で。

 岡田は『現在地』制作中に演者である山縣とは別の緊張を感じていた。それは放射能被害をめぐる暗黙の政治性の表明に関するものである。岡田は福島原発後、放射性物質漏れの影響を恐れて、神奈川県横須賀市から熊本県熊本市への移住をしたものの、都心を危険だとして離れた身にもかかわらず、稽古のために、首都圏を訪れる中で、自身と周囲の人に間に流れる、中ば政治的な対立に緊張感と極度の疲労感を覚えたという。この3.11後の岡田が実感する放射能被害に対する態度をめぐる緊張感は、筆者には初期より一貫された徹底したイメージ主義であったことと関連しているように思える。イメージ主義の方法論を演者に委ねるにせよ、観客にフォーカスするにせよ、岡田はイメージ主義を手放すことはなかったのだから。例えば、人々はにわかにイメージしがたい放射能被害という分子レベルよりはるかにミクロな出来事を「放射能」という言葉に一旦、変換することで、不安や不信の下にある、出来事を有限化しうるという安心の基盤を獲得していたと考えられる。この事態は言い換えれば、苦労なしにイメージが言葉に1対1対応、いや従属する関係を結んでいることを意味している。イメージしがたい不定形なものを「放射能」や「事故」という言葉によって有限化する暴力である。そして当然、このような暴力とは反対に、イメージの汲み取れなさを不自由な言葉としぐさで意識化してきたのが、チェルフィッチュであり、岡田の演劇であったことは前述したとおりである。

 だからこそ、岡田は首都圏、正確には言葉に従属するイメージの磁場から距離をとったのかもしれない。もちろん、勝手な対立図式を過度に強調することは避けなければならないだろう。しかし少なくともこうは言えるだろう。フィクションとリアルの境界線を揺るがせるような存在である「放射能的なるもの」を通して、リアルとフィクションをコンバインすること、山縣の身体と放射能的なものの演劇化こそが、リアルとフィクションを統合する、コンバイン・ペインティングであるということは。

 3.11の経験を経て、上演された『現在地』とはまさにそのような作品ではなかったか。

 

(批評再生塾初出)