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いつかの日記

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吉祥寺のジャンク堂の建築コーナーで「今和次郎考現学」という薄めの本をぱらぱらと眺め、手に取り購入しようとすると、ある本が目に留まった。和辻哲郎の「古寺巡礼」だ。和辻哲郎が奈良付近の古寺を回り、その印象を記したものである。おそらく自宅にもBOOKOFFで買ったはずの埃を被った同書があると思ったが、この際にきれいな岩波文庫を買おうと、「古寺巡礼」も手に取り、レジへ向かった。広い店内を歩きながら、何かこれから面白くなりそうな、話題を見つけられないかと、本棚に並ぶ題名だけを観察し、想像力を膨らましていた。「古寺巡礼」大正七年八月から、巡礼を始めた、当時20歳の和辻哲郎に倣って、自分も古寺を回るのも、いいのでは。いや、それではただ、和辻哲郎の真似事になり兼ねない。もう少し考えると、古い寺ではなく、最近になって建立された寺を巡礼して、纏めるほうが面白そうである。いやいや、せっかく國學院に通っているのなら、神道に絡ました方はいいだろうと、新しく建てられた神社、これを巡る、印象記を作るのがいいのではないか。この案は実行できそうな気がするので、さっそく、自分で自分自身に期待感を持ち出している。最近は旅行記や訪問記に好奇心がそそられる。坂口恭平さんの躁鬱日記も毎日に出会うものについて書いているのを見ると、それに含まれる。「古寺巡礼」も日記形式のものでも、一番作者の素の感情や素直な人間的な反応が見られる。他者の視線を無視し、他者に配慮せず、自分自身と出会う対象だけに集中し、書かれているものを僕は読みたいし、書きたいと思っている。作家の朝井リョウさんも出来るだけ小さな空間や限られた時間のことを徹底的に描くことで、逆に多くの人から共感が得られ、普遍性が生まれる、と言っていた。ジャンク堂を出ようとしたところで、ふいに一冊「東京人」の5月号を買い忘れたのを思い出して、店内へUターン。今月号の特集はその名もフィールドワーカーになる、というもので考現学今和次郎や吉田健吉、坂口恭平のモバイルハウス、山口昇さんなどが寄稿していて、今の僕の興味とドンピシャで購入を即決。鼎談で中谷礼二さんも出ていた。建築史の専門家である。東洋大学の白金キャンパスで行われた吉岡隆正賞の授賞式に出席されていた、インドから帰ってきたばかりで黒く日焼けしていたあの人だ、という感じで、この際に中谷さんについても知っていきたい。このように僕は人を知らない人をなんとなく、認知し、また出会う。このように僕の関心は広がっていくのを感じている。帰りに立川のエクシオールで豆乳抹茶オレSを飲みながら、東京人を読んでいると、慶應大学の加藤文俊さんの記事に「同じ場所に1時間以上留まって、観察する。それを5回以上繰り返して、レポートを書く」とある。これは加藤さんが米国の大学院で学んでいた際に授業で出された課題だそうだ。これは面白い。定点観測を学ぶ目的らしいが、みんなもやってみればいい。僕は確実に実行したい。もちろんこの観測も考現学からアイデアを得ている。青梅線に乗り込み、長椅子の端に座り、リラックスして、東京人を読んでいると、隣から怒号がする。一人の40代ほどのスーツの男がもうひとりの歳の近いスーツの男に一方的に怒っている。言われている方は酔っぱらっているのか、その男が原因ではある筈だが、多少朦朧としているのか、会話が成り立っていない。電車内は一瞬で、倫理という一刺しが乗客を襲い、なぜか大人は内省し、僕の目の前に座っていた女の子はイヤホンを耳の奥に押し込んで、寝たふりをしている。僕の3つ横に座った、小学生だけが、興味本位で二人による生活劇を眺めている。二人は西立川駅で降り、話をつけるそうだ。西立川駅で二人は降りていくと、老夫婦はまあと、微笑みを取り戻し、あの一刺しは喉に刺さったまま、大丈夫大丈夫と、缶珈琲をごくりと飲み込んだ。小学生は周りの大人の顔をながめ、ふん、と誰も目を合わせてくれないので、つまらなくなって、下を向いてしまった。帰宅後は、昨日散歩した渋谷のUPLINK周辺地図を手描きで作った。Bunkamuraの裏面の設計デザインが半端ないのと、その前にある、のちにグーグルマップで調べても名前出てこない、謎の建築物の写真を思わず撮ったことから火が付いたからだ。しかしまだまだ立体物の描き方が甘い。なんだか分からないが、とりあえず作ってみる、作ったという事実を作る、妄想や想像をそのままにしておかないで、wordに日記として書き残したり、地図を実際に描いてみたり、一人暮らし用のモバイルハウスを作ってみたりと、僕はこういうものを作っていますと、示せるものも作りたい。人間関係でなんとなく、あの人変わっているよね、で終わることなく、しっかり物として僕の感じ、考えていることを示したい。他人のリテラシーを問うのではなく、こちらから仕掛けていく。この謙虚な態度でいけばいいのだと、過剰に意識するのではなく、無意識に僕の考えが変容しだしている。変わる方へ変わっていけばいいと思っている。