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ワタリウム 2015.2.12

以前に受付まで行って人の多さを見て諦めてシュタイナー教育に関する本を一冊購入して引き返したきりになっていたワタリウム美術館の「ここより北へ石川直樹奈良美智展」を観てきた。木曜の午後2時、人はまばら。二人組の韓国人旅行者と若者がぽつぽつと赤いペンダントを首に掛けた貴婦人が各階に一人ずつ。赤い名刺サイズの入場券が800円と引き換えに手渡される。展覧会は2階から始まる。「ここより北へ」。石川直樹奈良美智さんの二人が青森北海道そしてサハリンと北へ北へと向かったその記録が並ぶ。奈良さんの写真は青い。収まりきらない青い空と、牧草の広がる大地が平行線のまま続いている。ただその空の青は水彩ではない、どこか乾いた質量を僅かに持ち合わせた青である。緑は生い茂っている。子供たちは相撲を取り、青年たちはトナカイに乗り競馬に講じる。サハリンの短い夏の間に開かれる祭りは広大な草原のど真ん中で長く続く厳冬を耐えるためにひとときの余興を集まった少数民族の老若男女に与える。冷夏の祭りはここより北であるここに訪れる猛烈なる冬へと向かう通過儀礼のようでもある。緑の短草が生い茂っていた生命の大地は深い深い冬に覆われる。アイヌ民族も以前はサハリンにおいてニブラを含む他民族と共存していたが、戦争を挟んで北海道や本州列島への移動を余儀なくされる。アイヌがいた大地は冬に覆われている。欧羅巴の極南に位置するサハリンでは英語が通じる訳もなく解読不能な言語記号が私たちはどこかへと招いている。あるいはそう私たちは錯覚している。招き入れられることができるのなら事態は上向きである。解読不能な言語は音楽となり奈良さんを魅了した。レコードの立ち並ぶ3階には装備品が並べられている。解読をする以前の解読される対象があることへの認識を写真は「そこにあるもの」を写し撮ることで私たちに思い出させる。解読される対象がそこにはある。獨逸語で取られたメモ。登山靴。石川奈良両氏の原点をたどる展示はそこに物語を描こうとするのではなく、ただ一つの写真が点としてあり、ただ一つの地図が点としてあり、そしたただ一つの書物が点としてある。物語る以前に、そこに存在する個物の存在感を解釈の網の目をくぐって、私たちに伝えようとする。それは容易なる物語ることへの批判でもない。ただ現在そこにあり、生活する人々と土地の記録であるだけなのだ。北方世界について物語れば、ただちに政治的な権力構造へと汲み取られてしまう。政治的なる言説を超えるための、あるいは異なる次元の視覚を得るための練習としての「そこにあるもの」への認識を写真は与えようとしている。記録写真はある瞬間に確かに「そこにあったもの」への鎮魂でもある。現存の保証はどこにもない。しかしある瞬間に撮られた写真に写る姿を見て、私たちは彼らの存在照明を得ようとする、あるいはあったことへの慰めとともに、今は亡きものの鎮魂を静かに祈る。国立近代美術館で開催されている奈良原さんの写真展も同じである。修道院と女性刑務所という隔離された空間に生きる人々の生活を写した奈良原さんの写真も、やはり「そこにある」という根源的な認識を伴っている。乾いた眼球の白さを放つ軍艦島の炭鉱夫。独房の扉の隙間からこちらを覗く囚人の目。白黒写真の中で輝きながら脱色された場所は「ただあったこと」、ただそれだけを鑑賞者に訴え掛けている。確か小林秀雄が有名な講演の中でこう話していた。物こそ美なのである。物の中にさも美なるものがあるかのように語る美学者は到底、美を追求することなどできやしない。物こそ美なのである。特に記録写真は私たちは容易想像してしまう、あることの「確からしさ」を顕在化させる。民俗学者宮本常一の撮る地方の写真もそれと同じように、物語る以前の物性そのものを呼び起こし、さらには読者を日本人論までへと導いていく。写真のもつ即物性は芸術の一歩手前と呼ぶべきか、芸術そのものと呼ぶべきか。あるいはアフリカ性縄文性古代性と呼ぶべきか。それらのいづれをも含んだものとしての写真は、あるものが「そこにあった」こと、それのみを表出させる。