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心地の良いラジオの時間を

TBSラジオを聴いている。荻上チキさんの番組だ。ホロコーストについて、東大の先生が深く話している。平易だ。でも心地よいストリーム。

ラジオって不思議な魅力をもっている。村上春樹さんの小説にはラジオから流れるような音楽がよく似合う。

ざあざあの大雨の中、雨を避けるために見知らぬカフェバーに入って、熱いアメリカン珈琲を頼む。じぃじぃ、とラジオのチャンネルが換えられて、見知らぬ男の声が聞こえてくる。珈琲がカップに注がれる頃には、安価な種から発せられる高貴な匂いと、見知らぬラジオミュージックが、僕だけの中で結びつく。いつか思い出される瞬間を待つ記憶の種子が胞子のように、目の前の曇りに曇った窓硝子に、飛んでいく。

ふと、聞こえた臨時ニュースは僕を現実に引き戻す。冷えた珈琲が、こじんまりと佇んでいる。時間は15時42分。あれから、どれくらいたっただろう。あれからの「あれ」とは何のことなのか、二つか三つ思い付いてしまう。でも、一つに絞ることはできない。あの日がいくつも、脳天のその先で浮遊している。何も歴史的な、あの日だけでもない。時間は15時44分。あれからどれくらい経っただろうか。約2分間。直線的な時間では約120秒の間。ラジオから流れるいつかのどこかの国の流行歌は、直線をいつしか曲線に。まだら模様の、カフェバーの時間の奥の奥に、僕という一人称を連れていく。

心地よいストリーム。平易な、僕の日常はまっすぐ伸びてはいない。時間を変えてしまう中世の錬金術ラジオミュージックの錬金術は、僕を無限に引き伸ばしてしまう。そのせいで、いつになっても待ち合わせの相手は訪れない。人質。