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今日、あなたの朝食は、あの日の朝食

阪神淡路大震災から20年、つまり僕が生まれてから、20年。

過去の映像でしか、高速道路が曲がったのは知らないけど、

先生の話でしか、朝早く朝食の準備中に亡くなった方が多いことは知らないけど、

書かれた本でしか、1995年に日本が変わったことは知らないけど、

変わったと言われた、年に生まれた、僕は変わっているだろうか。

曲がってしまった、高速道路は背筋を伸ばして、僕の目の前に立ちはだかる。

亡くなった人はちゃんと成仏できただろうか。

あの日の朝食は目玉焼きだろうか、それともコーンフレーク?

1995年は、大震災と地下鉄サリン事件

この二つの大事件によって、日本中が混乱し、これまでのバブルの残り香が、完全に吹き消えた。そんな年だったらしい。大震災は都市インフラの脆弱性や高層ビル建築の危険性、地下鉄サリンは、行き場を失った若者の居場所の問題。「終わりなき日常」のサバイバルに耐えることのできない、人々は新興宗教へと入信した。そしてその残り香は未だに、わずかに感じることができる。

「終わりなき日常」はオウム事件以降、社会学者の宮台真司さんが時代を称した、言葉。東日本大震災の時には、「終わりなき日常」は終わったと、言う人がいたけど、宮台さんは近著で「終わりなき日常」は3つのレイヤーに分けることができて、定義上、終わることはない、と書いていた。

僕は思う。終わりがないのなら、その始まりこそ注目すべき点なんじゃないかなって。なんで「終わりなき日常」は始まってしまったのか。

1995年の以前と以降で何が変わってしまったのか。

いつから終わらなくなってしまったのか。僕たちの日常は。

というより、僕たちの日常が個別化して、島宇宙化して、コミュニケーションが困難になったのが、この20年間なんだよね。

以前の時代感覚を僕は肌で感じることはできない。20歳になった、終わりなき日常の肌感覚だけを持ち合わせた僕たちは、何か麻酔でも注射されたように、感覚が鈍いような気がする。どんな大事件も、危険な気がするテロリズムも、エボラ出血熱も、確かに生活圏に侵入はしていると思いながらも、強い信号を感じることができないし、反対に発信することもできない。

「鈍い」

危険を感じないのは、平和なことだけど、反対に何かの快楽や絶頂を感じることもない。性のインフレも終わったし、あとは脱法ドラックしかない。人間の脳そのものによって感じられる快楽が希薄になってしまっている。薬か躁鬱か。

現代の祭り、コミケ。50万人をも動員する、東京ビックサイトのコミケ。僕はやっぱり、彼らが「鈍い」気がしてしまう。もちろん、彼らは僕たちの言い換え。薬もやらない、躁鬱でもない、その中間で快楽を得る。強い刺激ではないけれど、微弱には感じることのできる信号。僕が「鈍い」と思ってしまう彼らの、消費行動は、もしかしたら、「終わりなき日常」だけを生きたことによって、生まれた新しい身体感覚を伴うものなのかもしれない、と思いつつも、彼らがみんな新興宗教に入信したら、大変なことになるな、この国は。と底知れないディストピアも、片目で想像してしまいます。