よわいめ|ヨワイメ

同時代カルチャーをレビューするブログ

ソフィカル《海を見る》

かつて海の底であったスクランブル交差点に波の音が静かに木霊している。渋谷は太古の記憶を取り戻し、人々は海底魚のように歩行を開始する。4面ビジョンの映像では、それぞれ別の人物が薄雲った空のもとに青く揺れる海を眺めている。カメラはその背中を後ろから撮影し、数分すると、その人物たちは砂埃に目を細めながら振り返ってカメラを見つめる。映画史において幾度となく繰り返されてきた「型」に違わない身振りである。映画であれば、かの人物は自らの過去を見つめ直し、これからの生き方を新たにする。自己反省し、私と映画に転換を迎える「改心」の場面として、人間と海の対峙は紡がれてきた。とすれば、海を一度も見たことのない人々は果たして、これまでどのように自らの過去を見つめ直してきたのだろうか。《海を見る》が映さない、もう一つの始まりとは私と史の交わりのはじまりである。東西文化の混在するイスタンブール史において、人々は一体どのようにして自らの過去を眼差し、思い直してきたのか。いわば、私史と土地史が発見され、渋谷の海の雑踏のように編成される、その始まりをこそソフィは捉えようとしている。

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有地慈個展『スーパー・プライベートⅢ-約束された街で-』評

以下、映像作品から見た展示感想です。

 本展ステイトメントの後半部では明確に①「震災を忘却する時間と娘が成長する時間」が重ねられていますが、前半部の記述を読むと、そこには別の時間、つまり新興宗教に母の誘いで入信したという②「宗教(母)を忘却する時間と自分が母になる時間」が重ねられていると思いました。この二つの時間の観点から、天井の映像を見てみると、まず震災からの時の経過を暗示する波の往還と戯れる娘の姿が見えます。それは一歩間違えば、震災という向こう側の時間(同時にこの時間は母の胎内に居た時間)に引き戻されてしまいそうな危うさと背中合わせの遊びです。対して、母が腕に装着したあひるのマペットはその娘に「魔法少女になって欲しい」と言い、繰り返し「契約」を要求します。これもまた別種の向こう側への勧誘に見えます。マペットの「契約」要求は当然のようにかつての母親から娘に対する新興宗教の勧誘を思わせ、今度はそれを作品という枠組みにおいて、作家本人が母親となり自らの娘に再演して見せています。娘は波と戯れるのと同じようにして「遊ぶだけならいいよ」とまたもや危うく向こう側への転覆を回避し続けます。いわば、娘は二つの向こう側への境界線を行ったり来たりしている、そのように映るのです。作家本人の経験を踏まえるならば、かつての自分=娘を母に変換させることで「自分が母になる時間」と「娘が成長する時間」を反転させようとしている極めてスリリングな試行のように見えるかもしれません。なぜなら、もし、この二つが反転してしまえば、=の左辺である「震災を忘却する時間」と「宗教(母)を忘却する時間」が逆の結びつきをすることになるからです。つまり、震災を忘却する時間は自分が母になる時間となり、宗教(母)を忘却する時間は娘が成長する時間になるということです。これはこれで一種の救いかもしれません。しかし実際にはこの反転は起きていません。娘は常に「遊ぶだけならいいよ」と言い続けるからです。反転、転覆する一歩手前で娘は遊び続けるのです。あるいは作家はそのように仕向けているのです。あまりにもスリリングです。さらにここに「契約」を迫るマペットというキャラとしての発言と時折、特に娘が波に接近する際に発せられる本人=母親の言葉が混ざりあう瞬間も考慮するならば、事態はさらに複雑になってくると思います。

 いずれにせよ、この数分間の映像は、震災を忘却する時間=娘が成長する時間と宗教(母)を忘却する時間=自分が母になる時間、この二つの異なるリズムを刻む時間が交差し、転覆する一歩手前の状況に娘を半強制的に留めおくというあまりに暴力的というよりか、そのような娘に対する親(母)の存在自体が孕む暴力性を理知的に再構築してみせた作品と言わざるをえません。

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 そして、順路としては監視カメラ風の映像を見たあとに奥の部屋へと入ると、鑑賞者はある違和感を感じることになります。それはどれだけ娘さんと仲良く遊んでも、母-娘の関係性には全く入っていけないことから来る「気まずさ」に近い感覚です。あの空間は一見、母-娘の閉塞的な空間を他者に開いているようにみえますが、実際はむしろその関係をより強固にした形で鑑賞者に示すものとなっていると思います。つまり、鑑賞者は監視カメラに映っていた母-娘の時間に入りこむことはできず、ただ「遊ぶ」だけの「戯れる」態度を要請されるのです。(これは男性と女性とでは感じ方が異なるかもしれません。(それ自体は論点になるでしょう))。天井の映像に模して言えば、鑑賞者は母-娘という向こう側にも、壁に隔てられた第一室の監視カメラのような第三者という向こう側にも、自らの身を投げることができません。文字通り、映像では遊んでいた娘さんに今度は遊ばれるしかないのです。母性と言えば簡単な「特殊な空間」と冷徹な監視カメラの映像空間の狭間に必然的にたゆたう鑑賞者は、その境界線の意外にも思える明確さに戸惑いとともに眩暈を覚えて帰るはずです。もう一度、天井の映像を見て、ああ、あの子は私だ、とあらぬ錯覚を身に覚えながら。

 有地はステイトメント終盤でこのように問い掛けています。

「大きな事象がメディアを通して瞬時に伝播してゆく世界で、我々は、必要以上に口をつぐんではいないだろうか。(中略)今、あなたが、次の時代を生きるに足る、そしていつかは死にゆくに足る、どんな物語を持っているのかを教えて欲しい。」

 「大きな事象」は今ここの現実の向こう側へ私たちを誘い、「物語」とは向こう側に身を投げることで発生する非日常的な出来事の世界でしょう。しかし、本展でこのような物語を紡がれていたかと言えば、そうではないと思います。実際には映像の中のぷーちゃんは天使のようにその間をたゆたい、鑑賞者はそれとは別の向こう側との間に気まずくもたゆたい続けています。その態度はあまりにもリアリスティックです。鑑賞者はぷーちゃんと自分自身に要請される、そのあまりにも現実的な立ち振る舞いに驚嘆するのです。いわば、本展は二つの物語の引力の中心に鑑賞者もろとも立ち続けるためのロールプレイイングだったのではないでしょうか。私にとって世界を享受可能なものへと変換する装置が物語だとすれば、ぷーちゃんは自分なりの新しい物語を紡ぎだすのではなく、日々過剰に生産される誰かの物語に誘拐されないように、しかし無視もせず、たゆたい続けているように見えます。これは一つの技術です。だからこそ、そんなぷーちゃんの立ち振る舞いはこの現実に対して希望的でも絶望的でもない、きわめてリアリスティックな選択であったと思うのです。

 

(追記)天井の映像作品についてはもう一つ、母は腕の先だけ、娘は顔にモザイクがかけられていることの意味を考える必要があります。もちろん、真っ先に匿名性によるあらゆる母-娘の代入可能性を挙げることができますが、実際にはその可能性はモザイクの有無に関わらず開かれるものなので、今回の場合の意味の重心はそこにはないでしょう。では、何か。まず娘の場合は倫理的な自主規制にあります。それは二つに分別できます。一つ目は作品が撮影され、ネット上に流布されることで、娘の個人情報が流出する危険性に対しての自主規制です。二つ目は冒頭の時間のテーマに関連するものです。我が娘の成長を記録するためのホームムービー風の映像は震災から遠ざかりつづける忘却の時間を否応が無しに映し出すものにそのまま変化してしまいます。なぜなら、津波を想起させる浜辺というロケーション以上に、我が娘は「11.3」という特殊な時間的刻印を背負っていると母が捉えているからです。したがって、二つ目は震災の忘却を我が娘の成長の喜びによって表現せざるをえないことに対する自主規制です。では、母の場合はどうか。ちょうど映像の真下にある、複数のあひる=突起物が飛び出ている怪物?とセットで考えるならば、自主規制というよりも、その雑多さや不純さによる得体のしれなさの表現と言えると思います。



もう一度、弱さの方へ--パープルームの「アトリエ主義」について--

 ピカソはボナールを「女々しく」思った。と「弱さの英雄主義について」の中で、松浦寿夫は述べている。対象の構造を解体し再構成する主体性と社会的事件に反応する瞬発性。二つの次元において確保されたピカソの決断力からすれば、絵の完成を遅延させるボナールの中途の筆触-作業過程は政治的に正しくなく「女々しく」映ったのだろう。松浦はその遅延の原因である最初の印象を想起する形で再現していくボナールの制作姿勢に「弱い」決断主義を指摘している。ピカソとは対極的であるが、ボナールは時差的に細分化された自らの決断を油絵具の粘性で再結させたのだ。題名にある「弱さの英雄主義」とはしたがって、松浦が自分自身の姿を重ね合わせる作家ボナールの謂れなのである。

 単純な図式化であることは承知の上で、決断主義の差異をめぐって、ピカソ/ボナールという対を見立てるならば、ボナールの側にパープルームを充当できるはずだ。彼らの絵画の影響元や芸術家集団としてのナビ派との親和性の高さもその一因ではあるが、最たる理由としてはある時代的なモードを挙げることができる。ボナールとは全く異なる時空間に表面化するもう一つの「決断主義」、それはナビ派結成から約100年後、宇野常寛が観測した1990年代の<ひきこもり>的モードに対する、ゼロ年代の<決断主義>的モードである。どういうことか。

 宇野は『ゼロ年代の想像力』において、2001年以降、国外では世界同時多発テロ、国内では一連の小泉改革などの現実の出来事に触発された自覚的な選択なくしては自らの生存すら危ぶまれるという<サヴァイブ感>を表現した文化的想像力、具体的には「バトルロワイヤル」や「DEATH NOTE」のような作品を<決断主義>と名付けた。それは相対主義的な無根拠さを引き受けた上で、あえて決断することが要請される時代的な条件である。90年代においては現実社会からの離脱の形式を意味していた「ひきこもり」でさえ、閉ざすこともまた一つの経済/社会的なリアリティに裏打ちされた決断として現実のうちに回収されていくのだ。 

 宇野の後の言説を参照すれば、<決断主義>がより徹底された2010年代の初めに、梅津庸一はリーマンショックという一つの経済的なリアリティを伴った事件を契機として、パープルームを結成している。この結成に至る経緯はアートマーケットを基盤とした生存確保のパワーゲームからの撤退とひとまずは理解できる。具体的にはコマーシャルギャラリーからの意識的な撤退である。一見すれば、それは90年代的な「ひきこもり」回帰というそれもまたひとつの決断であったかのようであるが、ただ一点、特異なのは彼らがひきこもった場所が自室ではなく「アトリエ」という新しい私秘的な空間であったということだ。ボナールの「弱い」決断主義はパープルームの「アトリエ」主義とどこかで通底しているように私には思われる。

 私自身は必ずしもパープルームのよき鑑賞者ではないが、実感に従えば、彼らの展覧会にはアトリエ訪問に近い印象を受けることが多い。実際には当のアトリエには訪れたことがないにもかかわらず。相模原のアパートの一室で行われた「ゲルゲル祭」はその最たる例であろうし、何よりワタリウム美術館でさえも巨大なアトリエ空間に仕立てあげられていたことは驚きに値する。なぜ、彼らはアトリエ的な空間に対する一貫した関心を見せるのだろうか。具体的にはアトリエと展示空間の特殊な関係の取り結び、その方法とは如何なるものなのか。両者の空間的な関係から整理してみたい。

 まずパープルームが彼らのアトリエを展示空間に再現しているかといえば、決してそうではない。そのような展覧会であれば無数に存在する。例えば、最近では東京国立近代美術館での「endless 山田正亮の絵画」展内にキャンバスやパレットともに山田のアトリエが再現されていた。この展示方法は、というよりほとんどの展覧会は作品の制作場所と展示場所の分離を前提として成立しているが、パープルームのアトリエ風の展示はむしろ両者が区別されていないために、その分離を無効化するように働いている。したがって、彼らの試みはアトリエの単なる再現とは言えないだろう。

 次にパープルームは相模原の半共同生活の拠点かつ制作場所をなかば展示空間のように開放していることから、彼らのアトリエを展示空間として考えることもできる。トークイベントでは、私たちは展覧会の中で暮らしているといった主旨の発言もよく聞かれる。アトリエ=展示空間という実践自体は興味深い。が、だとすれば、外部の展示空間は彼らのアトリエではないために、すべては演出されたアトリエという装飾的なレベルに留まってしまうだろう。それではアトリエ空間を外部の展示(すでに挙げたワタリウム美術館)にまで拡張させていく積極的な理由は見出し難い。

 たしかにアトリエ演出の効用は存在する。例えば、展覧会には鑑賞者、批評家の価値判断がつきものであるが、「アトリエ」という枠組みを展覧会に導入することで、展示としての価値判断を宙吊りにすることができる。良いアトリエ/悪いアトリエといった表現がないようにアトリエとは基本的に作家それぞれのものであって、部外者が良し悪しを指摘する対象ではないからだ。ただし、当然のようにこれらは効用であって、原因ではない。したがって、パープルームの展示形式については、今しがた述べてきた二つの形式に当てはまらないものとして考える必要があるだろう。それは展示空間にアトリエを再現するのでもなく、アトリエを展示空間にするのでもない、いわば第三のと区分できるような展示形式についてである。

 前提を確認しておこう。通常、アトリエと展示空間の両者は作品を介在させながら独立して存在しており、アトリエで制作された作品が美術館やギャラリーに搬入され設置/展示される。これが基本的な順序である。あまりに当たり前すぎるだろうか。しかし、素朴な目から見れば、芸術作品をめぐる大きな謎はここにある。アトリエから美術館に移動する間に何が起きているのか。もちろん、ある人は空間=文脈が変わっただけだと答えるかもしれない。ただし、私たちは作品そのものが変容している可能性、あるいは作品が作品という約束事から一瞬、解き放たれることで、別の形を纏っている可能性を否定できるだろうか。ボナールが「女々しく」も持ち続けた筆さばきが束の間に絵画ではないものへ開かれる時間を絵画そのものへと織り返す、そのような作業であったように。すなわち、第三の展示形式とはアトリエと美術館「の間」で起きている変容を実態化する作業と位置を同じくするものではないだろうか。

 「の間」で起きる変容の実態化は演劇の比喩で考えると、イメージしやすい。例えば、稽古場と劇場との間で俳優の身体や身体を通して発せられるセリフに起きる変容自体を上演形式に落とし込むような演劇である。私には実際にそのような演劇が存在するかはわからないが、とかく時に観客参加型の「ワークショップ」と呼ばれる上演形式にパープルームの展覧会の印象は近い。ここで展覧会という「モノ」を介したワークショップとでも呼ぶべき「の間」の空間は、イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベンの「アトリエ」の定義を連想させる。「存在しないアトリエ」と示唆的に題された短いエッセイの中で、アガンベンは画家ティティーナ・マゼッリのアトリエと生活空間の混合による制作という「痕跡を残さない身振り」の形式を示した上で、アトリエとは端的に「現勢力において潜勢力を保存する」場であると述べている。展示なのかアトリエなのか判然としないパープルームの展覧会における「の間」としか表現しえない空間の様態を「存在しないアトリエ」と解釈してもよいだろう。

 では、そのような空間において、パープルームが現勢力の内に保存する潜勢力とは何か。梅津はよくパープルーム予備校生との出会いを運命的なエピソードとともに語る。グーグルマップで住所を探し出し上京してきた、地元で美術手帖の広告を見て、高校を中退してきた等々。確かに、一つ一つのエピソードは話を聞く限り感動的ではあるが、私が実際の展示で感じることはむしろ、「ほかの誰でもありえた」という可能性である。必然的に彼/彼女でなければならなかったということではなく、誰でもありえたからこそ、そこに逆説的に「運命」を見出すことができるという構造。それは「糸を縫うように」と形容してもいいかもしれない。なぜなら、Twitter上の振る舞いも然り、パープルームは一つ一つの糸を下地に通す間に糸と下地の間に広がる空白をパープルームではないものを書き込む余白として、常に織り込んでいくからだ。縫う行為が生み出す布と空白の関係性はアガンベンのいう現勢力と潜勢力のそれに重なるようにして、展示空間を「存在しないアトリエ」へと変貌させていく。そこでは鑑賞者である私でさえもパープルームでありえたという潜在的な可能性が潜勢力として、展覧会という現勢力のうちに保存されているのだ。

 ただし、そのように余白を織り込んでいく刺繍的な活動はそれ自体の歴史的な起源を不可視化させもする。というのも、パープルームに引き寄せるならば、近代洋画の歴史からその末路にあたるネオ受験絵画に至る経路をなぞり直す、いや、生き直すと言ってみせる梅津の歴史観は、論理的に経路を成立させる起源を求めることになるはずが、彼の「花粉」という比喩は起源を同時に不透明化する働きをもつからだ。元々の姿を見えなくさせるアトランダムかつタイムラグを含む「アレゴリー的」な受粉の積み重ねは起源を持たない根無し草的な状況をもたらし得るという点で、パープルームの「弱さ」とも言えるだろう。

 下地に他なるものを刺繍的に織り込んでいく空間性と歴史的な起源を不透明化する時間軸。この二つが重なり合うアトリエは、現勢力と潜勢力の配分を神秘主義のヴェールで巧みに隠しながら、あるいは起源と未成の二つに引き裂かれた軌道を描きながら、「の間」自体を展示空間に回帰させていく。これがパープルームの提起する第三の展示形式ではないだろうか。アトリエと美術館のどちらかを選択するのではなく、人と空間の刺繍的な構成と「花粉」的な起源の不透明化の二つの意味において「弱い」かもしれぬ決断によって、「の間」に留まるための技術的な枠組みとして展覧会を捉えること。裏返せば、パープルームにとって、アトリエとは、展覧会という枠組みにおいて、一時的にしか存在しえない、あるいは展示の度に立ち現れる空間なのではないか。決して、それは作家/作品の起源を開示する恒久的なラボラトリではないのだ。

 果たして、これで冒頭の問い、なぜパープルームがピカソではなくポナールの側に充当するのか?には答えたことになるだろうか。続いては「の間」で作品自体がどのように変容しているのか。パープルームの個別作品とアトリエの関係性について論じてみたい。(つづく)

(パープルームペーパー初出)